旧 田口線 田代隧道 〜 麹坂隧道

半世紀余の時を超え、廃線跡を辿る

Chace the Shadow of OLD TAGUCHI Railway

















 

古(いにしえ)のローカル線はどこを走っていたのか、、、号外 - 田代隧道 -

 鳳来寺駅から北へ向かうと、やがて軌道は左へ反れ小高い山へ吸い込まれるように延びてゆく。これが田代隧道となる。現在徒歩であれば通行可だが、基本的には通行止め扱いになってゐる。 隧道入口にはその昔存在していた青少年旅行村の看板が寂れながら今も設置されたままで、隧道の目印となってゐる。廃線後も地元民が利用してゐたためか管理が行き届いており、50年余経過した隧道の割には劣化はそれほど酷くない。隧道は緩やかに左へカーブしており、延長は74m。



 田代隧道・・・看板が隧道入口の目印となる。  

撮影:2025年3月6日




 田代隧道・麹坂方面を望む
隧道内には余計なモノがなく綺麗に保たれてゐる。碍子もしっかり残ってゐる。  

撮影:2025年3月6日




 田代隧道・出口より麹坂方面を望む
真っすぐ進むと田代橋梁へと続いていく  

撮影:2025年3月6日




 田代隧道・鳳来寺方面を望む
こちら側の坑口にはバリケードが設置されている。  

撮影:2025年3月6日




 田代橋梁跡・麹坂方面を望む
掛かってゐた橋桁は撤去されてしまった。中央上部が麹坂隧道の入り口。  

撮影:2025年3月6日

 

 隧道を抜けると見通しのよい「広場」に出る。昔は畑だったと思われる。しばらく進むと音為川が流れておりミニマムサイズの田代橋梁が掛かってゐた。 これを越えると麹坂隧道入口へと向かう。廃線後は川を渡ったところが青少年旅行村であった。残念なことに田代川橋梁は音為川護岸工事に伴い2025年、撤去された。 導のない平原で軌道の方向を示して居た田口線遺構が、またひとつ消えてしまったことは寂しい限りである。

麹坂隧道

 橋梁の延長線上を進むと、やがて麹坂隧道の坑口が見えてくる。稲目隧道、万寿隧道に次ぐ3番目の長さを有し、延長は441m。入口は湧水で一面ぬかるんでおり、 前進を阻む。一部は水溜まりのやうで靴がすっかりズブ濡れとなってしまひ、南側からの侵入を諦める外なかった。上水道管が隧道内に埋設されて居ることも関係しているのだらうか?坑口付近は旅行村時代の残滓も見受けられた。



 麹坂隧道・南坑口
トンネルを踏破すればバス停「大栗平」方面へ抜けるが・・・  

撮影:2025年3月30日

 話は反れるが、この日カメラを手にあちこち撮影していると関係部署と思われる作業着姿の職員からお叱りを受けた。「立ち入り禁止区域へ勝手に入られては困る! どういった要件か?」と居丈高に言われ、「田口線遺構の写真を撮りに来た」とこちらの旨を正直に伝えた。見ようによっては「何だまたか」といった表情を浮かべて 「トンネルの出口は鳳来寺小学校近くのバス停あたりへ抜けてるから、ここから入ることなく、直接そっちへ行って。」と言い放った。

 すみませんね・・・と返事をしながら橋梁跡まで戻ってくると「内部は2か所ほど崩れていると報告受けてるから、危険ですよ。無断で入ってどうなっても知りませんよ。」と付け加えた。確かに、万が一崩落があったりして身動き取れないような状況に陥ったら、見つけてもらうまで時間がかかるであらう。命の補償はない。

 出口側(北側)はすでに訪れていたので南側はどうなってゐるのか?と。あわよくば侵入を試みやうと思ってゐたのは間違いのなひ所だが。。。殺伐とした空気が流れてしまったので件の職員に<「青少年旅行村」ってどんな感じだったのか?>と逆に質問をぶつけてみた。実際ネットで検索しても画像等は一切ヒットせず、何か情報を引き出せないかと思ったのも事実である。職員はあちこち指さしながら「事務所はそこにあった」「バンガローは向こう側だな」「キャンプ場はこの上だよ」と説明してくれた。



 青少年旅行村・事務所跡
事務所の壁面だけが今も残る  

撮影:2025年3月30日




 青少年旅行村跡
職員によるとこのあたりにバンガローが建っていたらしい  

撮影:2025年3月30日




 南側からの侵入が叶わずで、画像は北側からの紹介へ移る。隧道を抜け、玖老勢へ向かう起点となる「大栗平」バス停までは、鳳来寺駅以前の旧軌道の雰囲気を保ってゐるが、 以後北へ向かうにつれ軌道跡は舗装路に姿を変え廃線の芳香は薄れていく傾向にある。鉄道用に開拓したリソースを無駄にしないと云ふ視点では合理的であらう。



 麹坂隧道・北側坑口
鳳来寺方面を望む。ポータル左側の劣化が見て取れる。
隧道は下り勾配になっているので、南側坑口から水が川のやうに流れている。
隧道から風が吹いてくるので、崩落あれど完全に塞がれてゐるわけではなさそう。
 

撮影:2025年3月25日




 麹坂隧道から続く軌道跡
ポータルからしばらく北へ進むと、朽ち果てた軽自動車がその姿を留めている。
軽自動車であれば十分通行出来る道幅はあるので、処分に困って放置していったのだらうか?
ともあれ、このままそっとしておいてほしい。原形をとどめぬほど朽ちるまで・・・。  

撮影:2025年3月25日




 麹坂隧道から続く軌道跡
麹坂隧道方面(鳳来寺)を望む。
軌道跡を思わせる台形の築堤が続く区間。両脇は深い谷となる。
 

撮影:2025年3月25日




 麹坂隧道から続く軌道跡
玖老勢方面を望む。
間もなく架道橋を潜る。県道32号が上を通ってゐるのがわかる
 

撮影:2025年3月25日




 架道橋
高架は2つ、上を通る県道32号ともうひとつは旧道のものか?
当時を知る地元民の話によると、架道橋付近にある採石場で採れた石を田口線に載せたとも云ふが・・・。

撮影:2025年3月25日




 麹坂隧道から続く軌道跡
新城田口線バス停「大栗平」裏に隧道へと続く軌道跡を見つけることが出来る。
まもなく県道32号と並走し、電車道となり玖老勢に向かう。
撮影方向は麹坂隧道、南側となる。  

撮影:2025年3月25日




 麹坂隧道へ向かう入口
右の舗装路は鳳来寺より続く県道32号、バス停左側を進むと隧道へ続く軌道跡に向かう。
これは個人的な勝手な妄想だが、「鳳来寺山・秋の大祭」時に田口線の臨時停留所が鳳来寺駅と
玖老勢駅の間に設営されたと云ふが、この「大栗平」バス停付近だったのではないだらうか?

撮影:2025年3月25日




 バス停裏から玖老勢駅へと向かう軌道跡
以前、「サイクリングロード」とか「仲良し小道」とか「電車みち」と呼ばれた軌道跡。
そういった呼称が記された看板も、今では見る影もない・・・。背後にはバス停がある。

玖老勢駅を過ぎ、県道32号へ合流するまで軌道跡(路盤)はすべて舗装路となってゐる・・・。  

撮影:2025年3月25日
   

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